(3)正明系
定正の孫正明系では、忠正は清康に仕えて西条居住、子正定も清康に仕え安城合戦で討死。
子俊正は清康・広忠に仕えて正信・正重兄弟にいたるが、いつの頃からか小川居住という。
正信・正重兄弟は三河一向一揆の際張本人として追放され、加賀一向一揆の将となったが、後召し返された。
正信(佐渡守)は家康、秀忠の側近として重用され、その長子正純が元和5年(1619年)下野宇都宮(15万石)に入るが、22年収公、出羽由利・大沢・横手に配流された。
正信の三男忠純が元和元年(1615年)下野皆川(2万8千石)に入るが、孫の犬千代は寛永17年(1640年)夭折して断絶。
俊正の四男正重の曾孫正永が元禄16年(1703年)上野沼田(のち四万石)に入り、正永の孫正矩が享保15年(1730年)駿河田中に移り、幕末に安房長尾に移る。
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